年に何度か

年に何度か書くブログ。昔は日記だった。

第5話

[第1話][第2話(id:kuwa:20020507:p05)][第3話(id:kuwa:20020508:p02)][第4話(id:kuwa:20020511:p02)]
何が起こったのか、それはなんとなくわかってきました。でも、4人が突然現れた場所、おじいさんの印象で言えば−懐かしい感じがする−ここは何処なのか。それに、今は一体いつなのか、誰にもわかりませんでした。
「どうしてこんな事が起こったのか、整理してみませんか?」
「そうだね。じゃぁ、まず最初に消えたじじいからだ。じじい?」
一番落ち着いているように見える青木が内心途方に暮れながら提案すると、姉御肌の素子がおじいさんに発言を求めながら地面に腰を下ろそうとしましたが、生い茂った草をうっとしく感じてすぐに立ち上がりました。その瞬間ブチっと音を立てて素子の上着から一番下のボタンが弾けとんだ事には誰も気付きませんでした。
「わしか。わしは始業の鐘の音がおかしゅうて噴き出しそうになってな。気付いたらここじゃ。」
みんなが目撃していた事もありおじいさんが手短かに話し終えると、ボタンが無くなっている事に気づいた素子はそれをさりげなく隠しながら自分の話を始めました。
「次はあたしだね。あたしは今日パーティーに行ったんだよ。そしたらある男と気があってね。年は20も下なんだけどね、こいつがまたいい男でさ。しかも会社社長って言うじゃないか。あたしゃ久々に」
「お前はホントに金のある男が好きじゃな。男は顔か? 金か? んにゃ、心じゃろ。」
素子が調子に乗って話が横道にそれ始めると、おじいさんが恋愛の敗者にありがちな言葉でそれをさえぎりました。
「あたしに男は金だって教えてくれたのはあんただよ。といっても、あんたは顔も心もしょぼくれちまってるけどね。」
「なんじゃと! む・・・」
素子の経験に裏打ちされた回答に対しておじいさんは一旦声を荒げたものの、顔にも心にも自信がなかったせいかその後が続きません。
「まぁまぁ二人とも・・・素子さん、続きを。」
「あぁ、そうだね。ったく・・・」
青木はさすがに寒くなってきたのか両腕をさすりながら二人をなだめると、素子が話を再開しました。
「とにかく、パーティーの後その男と二人でカラオケに行ったんだよ。これがまたいい声でさぁ、だんだん雰囲気に酔っちゃってね、肩にもたれかかろうと傍に寄ったんだよ。その時さ。変なトコでそいつの声が裏返ってね、うわー冷めるーとか思ったらここさ。で、ばあさんは?」
ゆっくり頷きながら話を聞いていたおばあさんは急に呼ばれた事に驚き、すぐに焦った様子で話を始めました。
「わたしは川で洗濯しちょったんよ。ほしたら上流から桃が流れて来いした。ほがいなことがあろうかいの。って思うたけぇ、目ぇこすって見ちゃっても、ど…」
普段は口数も少なくいおばあさんは息継ぎのタイミングを間違えて、唾を飲み込んでから話を続けました。
「どんぶらこ〜どんぶらこ〜って流れてきちょる。こりゃたまげ!ちゅって見ちょったら、どんぶらこ〜どんぶらぴ〜。ほしたらここにおったんよ。」
「なるほど。じゃぁ次は僕ですね。」
青木は、これまでの話に明らかな共通点を見つけ、納得しつつ自分の話を始めました。
「人には話してなかったんですが、おじいさんがいなくなった後、通信教育で空手を始めて、今日やっと指導書の最後まで終わったんです。どうしようかと思って第一章を読み返してみたら、『腹を意識しながら声を出す』って書いてあったんですよ。それで今まで無言で稽古してた事に気付いて。誰もいないのに声を出すのがなんだか恥ずかしかったんですけど、試しに声を出して中段突きをやって見たら、慣れないもんだから変な声が出ちゃって・・・」
「ブチッ!」
立ち話にいい加減疲れ果てた素子が再度腰を下ろそうとした時、またしても上着のボタンが消失しました。
「痛っ!」
「わはは、ざまあ見・・・」
弾け飛んだボタンがおじいさんに当たると素子が自嘲気味にあざけ笑いましたが、すぐにボタンが飛んだ先に居たのがおじいさんでは無い事に気付きました。
「ほへ?」
何が起こったのかわかっていないおじいさんが呆けた声を漏らすのを見て、素子はその存在に気付きました。それでも、その違和感の無さの為か何事も無かったような気分になる事に対して違和感を覚えていました。
「ひい、ふう、みい、よう」
おばあさんは素子の様子を見てみんなの人数を数え、その結果が当然であるかのように納得して素子の横に腰を下ろしました。そしてその違和感の無い違和感をはっきりさせようと、みんなの顔を見ながら名前を呼んで行きました。
「おじいさん、おばあさん、素子さん、おじ・・・お・・・も・・・?」
どこにでも居るようで誰にも似ていない、一目で脳裏に焼きつくようで全く印象に残らない、なんとも形容し難い姿を持つ者がそこに居ました。

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